2026 年 6月 24日 (水)
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「ごみでできた島」が現実になる日…映画が警告「私たちが直面する」プラスチック汚染のディストピア [韓国記者コラム]

イタリア映画「Wasted」=環境財団提供(c)news1

ケビン・コスナー主演の映画「ウォーターワールド」は、氷河が溶けて陸地が消えた未来を描いた。人々は海上に浮かぶ構造物で暮らし、最後に残った陸地を探し回る。当時は過剰な「終末の想像」のように見えたが、海面上昇の加速と海洋汚染が現実となった今、荒唐無稽な話とばかりは言えない。

イタリア映画「Wasted」は、その想像をさらに狭く、鋭く突き詰める。舞台は、すべての陸地を失った「海の真ん中」だ。そこには、ごみでできた島「トラシアペラゴ」がある。世界が捨てた物が流れ着き、積み上がった場所だ。「ウォーターワールド」で人々が探した最後の陸地が希望だったとすれば、「Wasted」での最後の陸地は、プラスチックと廃棄物である。

難破船、あるいは「難破島」の主は、世の中で不要とされた物が流れ着いたものをつなぎ合わせ、島を作った。そこで「気候難民」を救助し、生き延びる方法を教える。この作品に「最優秀企業映画賞」を授与したイタリアのフィルムインプレーザ映画祭は「海上の廃棄物の島にたどり着いた若い遭難者が、回収された材料を再利用しながら生きる寓話」と表現した。

一見すると、この映画は資源循環の物語だ。捨てられた物を再び使い、役に立たないと見なされた物に新しい機能を見いだす。老いた難破船の知恵は、循環経済の比喩のようにも見える。捨てずに再利用すれば生きられるというメッセージだ。

しかし結末は、単純な希望では閉じられない。最後に女性を救い上げた後、トラシアペラゴの元の主は姿を消し、難破船から救助された若い男性が新たな主のように残る。ごみの島は消えない。そこに適応しなければならない人だけが入れ替わる。

現実も変わらない。国連環境計画(UNEP)は2022年、プラスチック汚染を終わらせるため、法的拘束力を持つ国際協約を作ることを決めた。協約は海洋プラスチックだけでなく、生産、設計、廃棄まで、プラスチックの全ライフサイクルを扱う形で進められた。

問題はその後だ。各国はプラスチック汚染の深刻さには同意したものの、どれだけ減らすかでは合意できなかった。釜山で開かれた第5回政府間交渉委員会(INC-5.1)は合意なく終わり、2025年8月にスイス・ジュネーブで続いたINC-5.2も結論を出せなかった。

争点は明確だった。プラスチックの生産そのものを減らすのか、それともリサイクルと廃棄物管理に重点を置くのか。100カ国以上は生産削減と有害化学物質規制を含む強い協約を求めたが、産油国と石油化学生産国は生産制限に反対した。

削減目標も一時は示された。ルワンダとペルーは、2040年までに2025年比で一次プラスチックポリマーの生産を40%減らす案を提案した。しかし、これも最終合意には至らなかった。世界は、ごみの島が大きくなっていくのを目の当たりにしながら、新たなプラスチックの生産をどこまで抑えるのか、いまだ約束できずにいる。

数字はすでに危険を示している。経済協力開発機構(OECD)は、特別な措置がなければ、プラスチック使用量と廃棄物が2060年までに3倍に増える可能性があると予測した。環境中に漏れ出すプラスチックは2019年の2200万トンから2060年には4400万トンへ、河川や湖、海など水系に流れ込むプラスチックは610万トンから1160万トンへ増える可能性があるとみている。

より良い道がないわけではない。OECDは、強力な国際政策が導入されれば、プラスチック使用量と廃棄物を基準シナリオより3分の1減らし、環境への流出を85%まで下げられると分析した。ただ、それはあくまで強い政策がある場合の話だ。

「Wasted」は、循環経済の広報物であると同時に警告文でもある。捨てられた物を再利用する能力は必要だが、それだけでは十分ではない。捨て続ける社会がそのままなら、再利用は構造を変える解決策ではなく、ごみの島で生き延びる技術になってしまう。

今必要なのは、ごみの島に適応する技術ではなく、その島をこれ以上大きくしないという約束だ。【news1 ファン・ドクヒョン気候環境専門記者】

(c)news1

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