2026 年 4月 20日 (月)
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脱走オオカミ「ヌック」が問いかけた動物園の責任 [韓国記者コラム]

9日ぶりに捕獲され、健康状態の確認を受けるオオカミ(c)news1

動物園から脱走した猛獣に対する韓国社会の反応が変化している。大田の動物園「オーワールド」から逃げたオオカミ「ヌック」を巡っては、従来のような恐怖よりも、憐憫の感情が先行した。

今回の騒動では当初から「射殺ではなく生け捕りを求める」声が相次ぎ、不安よりも「また犠牲になるのではないか」という痛ましさが広がった。かつては逃げた猛獣のニュースに恐怖が伴うのが一般的だったが、今回は誰に責任があるのかを問う声が先に上がった点が特徴的だ。

一方で、出来事の構図自体は変わっていない。動物園の動物が逃げ出し、捜索が進められ、捕獲か射殺かを巡る議論が繰り返されるという流れはこれまでと同様だ。

ヌックは捕獲され、関心はやがて薄れていくだろう。しかし、なぜ同様の事態が繰り返されるのかという根本的な問いは残る。

野生動物の専門家、チェ・ヒョンミョン清州大学教授は、著書「オオカミが来る」で自身の追跡経験をもとに、オオカミを単なる恐怖の対象ではなく、人間と距離を保って生きる存在として描いている。

同書の中でオオカミは容易に姿を見せず、出会いも一瞬に過ぎない。近くにいても最後まで触れ合えない距離が保たれてこそ、野生は成立するとされる。

しかし、人間の管理下に置かれた瞬間、その境界は崩れる。野生動物は展示や保護の名の下で人間の生活圏に組み込まれ、動物園という空間では野生性と人間への依存が混在する状態に置かれる。

ヌックもまた、その境界にいる存在だ。完全な野生でもなく、人に慣れた存在でもない今回の脱走は、単なる偶発的な事故ではなく、こうした不安定な状態の中で起こるべくして起きた側面もあると指摘される。

今回、最も注目されたのは、恐怖ではなく憐憫が強く表れた点だ。「もう殺してはならない」という声は単なる同情にとどまらず、繰り返される脱走と射殺という構図そのものへの問題意識を示している。

チェ・ヒョンミョン教授は「事故は起きるべきではなかったが、動物園全体の問題を浮き彫りにする契機となった」と指摘。その上で、捕獲で終わらせるのではなく、人員体制の強化や施設管理、動物福祉を含めた総点検が必要だと強調した。

また、オオカミに対する認識の変化にも言及した。過去には迷信や伝説の影響で過度に凶暴な存在と見なされてきたが、最近は若い世代を中心に客観的な情報に触れる機会が増え、恐怖よりも憐憫を抱く傾向が強まっているという。

「こうした事故がなければ、これほど関心が集まったかは疑問だ」。今回を契機により踏み込んだ議論が必要だと述べた。

ヌックは無事に捕獲され、事態は一旦収束した。しかし、この出来事が投げかけた問いは重い。人間は動物をどのように扱い、どのような環境に置いてきたのか。その問いに向き合わなければ、同様の出来事が再び起こる可能性は否定できない。【news1 ハン・ソンア記者】

(c)news1

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