
年の瀬を迎えた12月の夜、2025年を締めくくる国会議事堂の灯りが、いつになく重たく感じられた。
秩序と予測可能性を好む私にとって、韓国国会という場所は日々が挑戦の連続だ。予定通りに進まない会議、突然決まる日程変更、何度も頓挫する与野党合意……。朝に手帳へ丁寧に書き込んだ計画も、その日の午後にはすっかり無意味なものになってしまう。
朝、目覚めて最初に心に誓うのは、「今日も予定通りにはいかないだろう。だからせめて、混乱の真ん中で一日を無事に乗り切ろう」ということだ。
最も堪えるのは、鋭く冷たい取材現場に立ち続けること。政治家に電話をかけるとき、指先がふと止まることがある。どんな反応が返ってくるか、予想がつくからだ。拒絶や冷淡な態度が心に小さな傷を残し、退勤時に襲ってくる疲労感は、きっと身体的なものだけではない。
特に「法制司法委員会(法司委)」の取材現場では、激しい罵声と果てしない論争が交錯し、静けさに飢えていく自分を感じる。喧騒の中で私はよく、深山の寺院の縁側に一人座っている自分を想像する――完璧な静寂が与える癒しが恋しくなるほど、国会のデシベルは時に耐え難い。
だが私を現実に引き戻すのは、繰り返される政治の現実だ。執権与党となった「共に民主党」は、今もなお「闘争の言語」に留まっている。国政の責任を負う立場にあるならば、まず調整力を見せるべきではないかと思う。一方の「国民の力」は、いまだにユン・ソンニョル(尹錫悦)前大統領との関係を清算できず、政争に依存している印象だ。
「政治家はいつもケンカばかり」――そんな嘆きの声を、現場で何度も耳にする。時には私自身も思う。「こんなにまで騒がしくなくてはいけないのか」と。
しかし、この1年を振り返って思うことがある。もし、この“騒がしさ”が消えたら――それは、果たして良いことなのだろうか?
1年前のあの夜、もし非常戒厳令が成功していたらどうなっていただろう。法司委で飛び交う怒号も、国会本会議場での論戦も、難しい質問を避けて逃げていく議員たちの姿も、全てが嘘のように消え去っていただろう。代わりに訪れたのは、誰の声も許されない“静寂”だったかもしれない。それは、私が憧れる寺院の静けさとは全く違う、冷たくて恐ろしい沈黙だったに違いない。
この“騒がしさ”こそが、民主主義が息づいている証拠なのではないだろうか。反対する自由、批判する権利、異なる声を出すことができる空間――戒厳令が成功していれば、私たちはそれらすべてを失っていたのだろう。民主党の過激なスローガンも、「国民の力」の反省のない態度も、許されなかったに違いない。
そして、それこそが本当に恐ろしいことだったのかもしれない。
2025年が幕を閉じる。今日がその最終日だ。激動の1年を生き抜いた皆さん、本当にお疲れさまでした。
来年も、国会はきっと騒がしいだろう。与野党は再び激しく衝突し、法案の審議は遅れ、政治ニュースは私たちに苛立ちを与えるかもしれない。そのとき、「政治なんてそんなもんだ」と言って背を向けるならば、私たちはあの夜、誰かが望んだ“沈黙”に自ら近づいているのかもしれない。
“静かな独裁”より、“騒がしい民主主義”のほうが、はるかに価値がある――あの夜の記憶が、そう教えてくれた。
2026年も、私は国会行きのバスに乗る。予定外の事態にまたため息をつき、拒絶に傷つきながらも、それでもこの“騒音”を、誠実に伝え続けるつもりだ。
この喧騒こそが、私たちが“生きている”証なのだから。【news1 キム・セジョン記者】
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