
一生懸命勉強して良い職場に就けば自立できるのか。能力主義的な信念はもはや有効ではないと診断する本が出版された。歴史学者エライザ・フィルビー(ロンドン大学キングズ・カレッジ歴史学講師)
エライザ・フィルビーは、今日の不平等は個人の所得や能力だけでなく、親の資産と相続の可能性によって、より大きく左右されると指摘する。「相続階級社会」は、教育、住居、結婚、介護まで、人生の主要な節目が家族の富に依存する構造を「相続主義」という概念で捉え、分析する。
本書は相続を、死後に起きる財産移転としてだけ見ない。親が子どもに提供する住宅購入資金、教育費、生活費、育児や介護の支援、失敗した後にも戻れる心理的な安全網まで、すべてを「現在形の相続」として読み解く。いわゆる「親銀行」が人生の機会を左右する構造が、最初の場面に置かれる。
エライザ・フィルビーは歴史学者らしく、世代問題を長い流れの中に位置付けながら、自伝的な告白やインタビュー、文化批評を重ねていく。友人同士の間でも、家族の中でも切り出しにくい相続の話を、私的な気まずさにとどめず、社会構造の問題へと引き上げる点が本書の特徴だ。
著者が批判の対象にするのは、能力主義の幻想だ。努力すれば報われるという社会的信念の背後で、実際には家族の富や情報力、世代間の資産移転がより強く作用していると見る。相続主義は個人の達成を説明する隠れた基準であり、公正という言葉の陰に隠された構造だという。
本書は、ベビーブーム世代の資産蓄積を相続主義の核心的背景に挙げる。戦後の経済成長と不動産価格の上昇、年金制度や賃金上昇の恩恵を受けた世代が巨額の資産を保有するようになり、その資産が子ども世代の人生を再び分けているという分析だ。一方で、MZ世代(1980年代~2000年代初旬の生まれ)は高い教育水準にもかかわらず、親の支援なしには自立が難しい構造に押し込まれた。
教育問題もこの流れの中で読み直される。かつて階層移動の象徴だった高等教育は、競争を通過するための基本条件へと縮小され、保護される子ども時代と、投資対象としての子育てが強化された。「平らな競技場」という言葉は、現実の中で説得力を失っていく。
本書の視野は住居と教育にとどまらない。ジェンダー、恋愛、結婚、出産と介護、老後まで、すべてが相続主義の磁場の中で動いていると見る。特に、親の経済的・時間的支援の有無が、女性のキャリアと出産、若い世代のパートナー選び、結婚後の生活の安定性まで変えると指摘する。
そのため相続主義は、フェミニズムの論点でもある。誰が時間を買えるのか、誰が介護やケア労働の負担を軽くできるのか、誰が人生の重要な決定をより余裕をもって下せるのかを問う問題だからだ。本書は、金額の大きさだけでなく、時間、感情、安全網の分配が共にかかっていると語る。
結論は、沈黙を破ろうという要求に集約される。親の支援を受けた人は罪悪感のために、受けられなかった人は疎外感のために語れない現実が、相続主義をさらに強固にしていると見る。「相続階級社会」は、相続を一つの家族の私的な問題ではなく、機会と公正、介護と福祉、世代間の責任をめぐる公的議題として問い直す本だ。
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