2024 年 5月 1日 (水)
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30周年の韓国芸術総合学校、修士・博士がいない理由

 コラム 

MONEYTODAY ユ・ドンジュ記者

キム・ゴウンのファンミーティング(写真=BH Entertainment)©STARNEWS

今年開校30周年を迎えた韓国芸術総合学校(韓芸総)には修士・博士課程がない。設立時に、「大学」ではなく高等教育法上「各種学校」として始まったため、法的に修士・博士学位を授与することはできない。

韓芸総は、韓国初の4年制国立芸術大学だ。ドラマ「トッケビ」や「シスターズ」で主演を務めた女優キム・ゴウン、映画パラサイトで長女ギジュン役の女優パク・ソダムら、演技力のある有名俳優や、舞台関係者らを多数輩出している。

芸術専門課程を教えながら事実上「大学」の役割をする韓芸総は、関連法「準用」条項によって学士号を授与することができる。ところが、韓芸総の学士号者が、修士課程に相当する韓芸総の「芸術専門士」に進学しても、修士号が認められない。

修士・博士課程の開設は、韓芸総関係者の長年の宿願だ。法制定や改正努力で変えようとしたが、芸術分野学科に修士・博士学位が「当然」ある既存の4年制芸術大学の反対のため、国会で毎度、挫折している。

韓国芸術総合学校総長のキム・デジン氏が19日午前、国会で開かれた文化体育観光委員会の国政監査に出席し、業務報告をしている©news1

他の大学の反対論理は簡単だ。大学修学能力試験(修能)の成績が入試に必要とされず、実技中心の芸術専門教育機関である韓芸総が修士・博士学位を置くことはできないということだ。

他大学の立場からは、もっともらしく聞こえるが、これは話にならない。

芸術を磨くのに「理論」と「実技」が伴わなければならないのは当然だ。理論だけ備えても、あるいは実技だけ優れていても、完成した芸術家にはなれない。現代の芸術で「機能」的にだけ優れた人々が、必ずしも最高の境地として称賛されるわけではない。

韓芸総が実技中心の学校だとしても、理論を排除するところでもなく、そうしてはならない。他大学の芸術系列も同様だ。高い修能の成績で入学が可能な学校だからといって、その学校の芸術系列の学生たちがみな優れているとは限らない。

程度の差に過ぎず、芸術には理論と実技が伴わざるを得ない。韓芸総の学生たちが自校の修士・博士学位を通じて学問としての芸術をさらに学ぼうとするのは当然だ。そのような意志と熱望に制限を設ける必要もない。

他大学が反対する根本的な理由は「恐怖」だろう。

MONEYTODAY ユ・ドンジュ記者

すでに韓芸総は卒業生たちの「実力」により、国内の芸術界をリードしているという評価を受けている。他大学の立場では、韓国芸術総合修士・博士課程開設時には「市場」を奪われる恐れがあると憂慮している。敗北主義的思考だ。

修士・博士進学を望む人々は、適性と実力に合う学校を選択しなければならない。それなりの競争力のある学校なら、修士・博士進学生の誘致に問題があるはずはない。

芸術界の大学入試と大学院入試では受験生に「競争」を強制する大学が、いざ自分たちの学位課程が強力なライバルの挑戦を受けることを敬遠するのは自己矛盾だ。むしろ、韓芸総にも修士・博士課程が開設されれば、各学校の純血主義が薄まり、相互交流の場が開かれることもあり得る。芸術界の修士・博士進学者の立場では更なる選択肢ができるわけだ。

国会は自由主義の原則と市場論理に合わせた韓芸総設置法の制定を通じて、同じ立場で芸術系大学が競争できるようにすべきだ。既存の大学の利己主義を理由に「利害関係のある案件」として片付けてしまうとしたら、国会の怠惰であり、卑怯だと言えよう。

©MONEYTODAY

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