2024 年 7月 13日 (土)
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[KWレポート] 金正恩氏の北朝鮮、生き残りをかける次の10年(2)

差別化された外交スタイル

2013年、北朝鮮を電撃訪問したデニス・ロッドマン氏がキム・ジョンウン氏とともにバスケットボール競技を観覧する©AFP=news1

北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記は2011年12月、父キム・ジョンイル(金正日)氏の死去を受け、27歳の若さで最高指導者の地位につきました。キム・ジョンウン体制の10年の歩みと今後の課題を考察してみました。(シリーズ2/計4回)

◇「公の場に出ない」から一転

米国のバスケットボールスター、デニス・ロッドマン氏が2013年、突然、北朝鮮を訪問した。訪朝の目的は、バスケットボール交流だったが、キム・ジョンウン氏氏と並んでバスケットボール試合を観戦するなど、異例ともいえる動きを示した。

ロッドマン氏の訪朝当時、米新興メディア「VICE」のドキュメンタリーニュースチームのメンバーも同行し、2人の出会いから観戦に至るまでを撮影し、放送した。キム・ジョンウン氏が外国メディアのカメラの前に立ったのは初めてではなかったが、このように編集されていないキム・ジョンウン氏の姿は、初めてだった。

北朝鮮の最高指導者が「公の場に出ない」ことは、このころは当然視されていた。ロッドマン氏の訪朝は、結果的に外交的成果に結びついたわけではない。だがキム・ジョンウン氏自らが応対することになり、北朝鮮メディアではみられないような「編集されていない姿」を外国メディアに公開することになる。それを許可したのは、破格の対応に思われた。

キム・ジョンウン氏は大衆の前に立つことを決して避けなかった。先代のころにはほとんどなかった大衆に向けた演説を復活させ、現地指導でも積極的、率直な内容のメッセージを出した。

◇発言が流行語に

「核武力完成」を2017年11月に宣言した後、歯に衣着せない「キム・ジョンイル式外交」が本格化した。核武力完成から2カ月後、2018年の「新年の辞」では、キム・ジョンウン氏は米国に対し「核ボタンが私の机の上に置かれている」という爆弾発言をした。これに対し、当時のトランプ米大統領も負けずに「私はもっと大きくて強力な核ボタンがあり、実際に作動もしている」と反論した。米朝首脳による「舌戦」は大きな波紋を呼んだ。

同時にキム・ジョンウン氏は北朝鮮の韓国・平昌(ピョンチャン)冬季五輪参加への可能性を示唆し、南北協議の場としても登場する方針を明らかにした。事実上の非核化交渉が幕を開けた。

2018年1月、平昌を訪れたのはキム・ジョンウン氏の実妹、キム・ヨジョン(金与正)氏だった。キム・ヨジョン(金与正)氏は自ら「特使」であることを明らかにし、平昌とソウルを往復して、ムン・ジェイン(文在寅)大統領とも会見した。これにより、表に出ることのなかった北朝鮮の指導者が公式的な表舞台に立つのは、時間の問題となった。

政権発足から7年、初めて訪問した国は中国だった。2018年3月、キム・ジョンウン氏は訪中して、習近平国家主席と会談した。翌月にはムン大統領とも首脳会談を開き、キム・ジョンウン氏は破格ともいえる外交スタイルを示すことになった。厳重な警護を受けながらも軍事境界線に歩み出た彼は、ムン大統領に対して「礼儀」をわきまえつつ、自信と余裕に満ちた態度を見せ、それまでのイメージを一変させた。「(平壌は)遠いと言ってはだめか?」というキム・ジョンウン氏の発言は、流行語にもなった。

◇破格の会談スタイル

その後、キム・ジョンウン氏の前にトランプ米大統領(当時)との首脳会談への道が開けた。そのプロセスがこう着すると、2018年5月にもムン大統領に会い、「緊急非公開首脳会談」を開いた。

北朝鮮の最高指導者としては、前例のない破格の会談スタイルを見せ、再び強い印象を残した。

そして2018年6月に開かれた史上初の米朝首脳会談。キム・ジョンウン氏は第3国のシンガポールまで飛び、会談に臨んだ。先代指導者が経験できなかった「自分だけの業績」を残したのだった。

続く2018年9月の平壌(ピョンヤン)での南北首脳会談、2019年2月のハノイでの米朝首脳会談でも、キム・ジョンウン氏は破格ともいえる行動を見せた。特に、キム・ジョンウン氏が平壌から列車に乗って60時間以上移動し、ハノイに入ったことは世界の注目を集めた。

ただ、結果は残せなかった。目標に掲げた制裁緩和やこれによる経済難の一部解消は実現しなかった。ハノイ会談の決裂後、米朝首脳、南北首脳は再会を果たしていない。

米朝の動きは、南北関係を「外交」という枠組みに封じ込めることにもなった。北朝鮮は結局、制裁が解除されなければ、自分たちが望むものを得ることができないことを痛感し、南北首脳が何度会っても、対話の最後には「制裁」という壁があった。

そして、2020年。新年とともに全世界を襲った新型コロナウイルス感染拡大により、北朝鮮外交は一瞬にして途絶えた。

米国の歴代大統領の中で最も型破りで、北朝鮮との首脳会談に応じたトランプ氏は再選に失敗した。バイデン政権が発足し、「破格」なき南北関係が厳しい制裁の高い壁を越えることは難しくなった。外交政策が「破格」から「伝統」に戻った米国と、北朝鮮の対話は、再開の見当がつきにくい状況にある。

北朝鮮はいま、米韓両国の終戦宣言をめぐる論議を、「反旗を翻すことなく」、ひとまず様子を見ているようだ。2018年に幅広く展開した外交とまではいかないが、北朝鮮は明らかに、本格的な外交戦の再開に向け準備を進めている。

(つづく)

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