
「作業着はいつも油で汚れていました。それでも家に帰る前にはきれいにして、心配をかけまいとしていました」
韓国大田市大徳区の自動車部品製造工場「安全工業」の火災事故で亡くなった30代男性の母親は、息子の生前の姿をこう振り返る。
男性は幼い頃から手のかからない子どもで、家族を気遣いながら何事も計画的に進める性格だった。明るく社交的で友人も多く、周囲から親しまれる存在だったという。
しかし安全工業に就職してからは、ほぼ毎日午後9時まで働く厳しい日々が続いた。それでも弱音を吐くことはなく、母親は疲れている息子を思い、電話をかけることさえ控えていた。
事故の2日前には、息子の方から「一緒に旅行に行こう」と電話があった。
その声が一変したのは、3月20日午後1時28分ごろだった。
「お母さん、火事だ」
工場で火災が発生してから約10分後、電話口の声は悲鳴に変わった。周囲の叫び声が重なる中で聞いたその一言が、最後の会話となった。
母親は当初、大きな音が続いていたため救助隊が到着したものと思い、何度も電話をかけながら約3時間待ち続けた。しかしその後、息子が工場内に取り残されているとの知らせを受けた。
遺族はいまだに最期の瞬間を詳しく知ることができていない。事故から5日後、ようやく大田の葬儀場で別れの準備が進められている。
男性はフォークリフトの運転業務に従事していた。賃貸詐欺の被害に遭い、苦しい時期を過ごしたが、家族に心配をかけまいと、その事実も後になってから打ち明けたという。
転職も考えていた。旧職場の同僚と再会し、新たな仕事について話し合う約束もしていた。
もし火災が起きなければ、無事に逃げ出せていれば――。
自宅には、ネクタイとともに整然と掛けられたスーツ一着だけが残されている。
母親は「いつも心配をかけないよう、きれいな姿で帰ってきた。夏でもエアコンのない職場で働いていたのに、つらい顔を見せなかった」と語る。
この事故では14人の身元がすべて確認され、葬儀が順次進められている。
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