
北朝鮮において最高指導者の決定に密かに影響を与える“影の実力者”として注目されるのが、現職高官ではなく「建国以来の忠誠派閥」、すなわち“名門一族”の存在だ。なかでも最も強固な地位を築いているのが、建国功臣・チェ・ヒョン(崔賢)を父に持つチェ・リョンヘ(崔龍海)氏の一族である。
北朝鮮が最近公開した新型多目的駆逐艦には、軍出身でもないにもかかわらず「チェ・ヒョン」の名が命名された。これはチェ氏一族の象徴的な地位を示す異例の措置とされている。
チェ・ヒョンは、故キム・イルソン(金日成)主席の抗日パルチザン時代の戦友であり、朝鮮戦争では開戦初日に甕津半島侵攻作戦を主導した人物。軍人・政治家としてキム・イルソン一家の政権基盤安定に多大な貢献をした“開国の功臣”だ。ただ、チェ・ヒョンは陸軍出身であり海軍とは無縁だった。にもかかわらずチェ・ヒョンの名が艦艇に使われたのは、現政権における息子チェ・リョン氏ヘの地位を反映したものとみられている。
チェ・リョンヘ氏は現在、北朝鮮の名目上の国家序列第2位とされる最高人民会議常任委員会委員長を務める。軍出身ではないにもかかわらず軍の政治事業を総括する総政治局長を務めたり、朝鮮労働党組織指導部長として幹部の監視や規律を担当するなど、体制の核心を担ってきた。
また、キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党総書記の特使として中国を訪問したり、2014年の仁川アジア大会では韓国に派遣されるなど、長年にわたってキム総書記の最側近として活動してきた。
2019年には最高人民会議常任委員会委員長に就任し、表向きには国家の“ナンバー2”に位置づけられている。
一部専門家は「北朝鮮に2人者(ナンバー2)は存在しない」として、かつてキム総書記の叔父チャン・ソンテク(張成沢)氏が失脚・処刑された事例を引き合いに、チェ・リョンヘ氏の地位も一夜にして崩れる可能性があると指摘する。
しかし注目すべきは、チェ・リョンヘ氏の「慎重な振る舞い」だ。先月26日、キム総書記が娘と共に「チェ・ヒョン」号の進水式に出席した際、チェ・リョンヘ氏は姿を見せなかった。その代わり、建国功臣が眠る大城山革命烈士陵を訪れ、父の墓を参拝した。これは、国家的行事を意図的に避けることで、最高指導者の“血統と権威”を際立たせ、自身の存在感を控えめに保つ処世術だとの分析もある。
韓国国会立法調査処は最近発表した報告書で、チェ・リョンヘ氏を中心とする“非公式組織”が北朝鮮エリート層に深く浸透していると指摘。一時的に最高権力者の座を狙ったとされるチャン・ソンテク氏の組織よりも、その範囲と影響力は広いという。
また、峨山(アサン)政策研究院が今年3月に発表した報告書では、第14期最高人民会議の常設機関である常任委員会の活動が、北朝鮮メディアで頻繁に報道されている点にも言及し、これがチェ・リョンヘ氏の政治的重みを裏付けていると評価した。
北朝鮮において、血統と忠誠がすべてを決する中、チェ・リョンヘ氏とその一族が築いた“名門”の地位は、キム・ジョンウン政権下でもなお絶大な影響力を誇っている。だが同時に、その地位を守るための“沈黙と自制”という戦略もまた、チェ・リョンヘ氏の生存術なのかもしれない。
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