現場ルポ
韓国第1号の「ベイビー(ベビー)ボックス」が設置されたソウル市冠岳(クァンアク)区蘭谷洞(ナンゴクドン)のチュサラン共同体教会。ここを訪れるために道を尋ねると、地元住民が心配そうに語った。「歩くのは、少し大変かと思いますが……」
「ベイビーボックス」とは、やむを得ない事情で赤ちゃんを育てることができない親が赤ちゃんを匿名で預け、世話をしてもらう、という空間を意味する。
バスを降りて教会に行くために路地に入ると、映画「ベイビー・ブローカー」の場面が思い浮かんだ。「ソヨン(イ・ジウン)」が雨の中、急な丘を歩き、ベイビーボックスの前で子供を降ろすシーンだ。
約10分ほど路地を歩く。教会に到着した時、照りつける日差しで汗がにじんでいた。
◇職員9人が24時間観察…アラームですぐ「出動」
建物の横の小さな階段の上に、ベイビーボックスが置かれ、「子供についての記録を必ず残してください」というメモ用紙が添えられていた。子供の出生届を提出したり、養子縁組の手続きを進めたりするには、名前や生年月日が必要だからだ。
ベイビーボックスの取っ手を握って開けると、暖かい毛布で覆われた温熱マットが敷かれてある。内部は子供の体温を維持するため、24時間、暖かくしてある。子供を寝かせる約70センチ幅のボックスの上には監視カメラが設置されている。
ベイビーボックスが開かれ、子供が置かれれば、直ちにアラームが鳴る。チュサラン共同体教会の職員は、それを聞いてすぐに監視カメラを確認する。
職員の1人が中から子供を受け取ると、他の職員は外に飛び出す。子供を預けた母親が“極端な選択”をすることを防ぎ、同時に子供の養育を説得するためだ。
子供を預けようとした親たちは、ほとんどが驚き、最初は対話に応じようとしない。だが職員が心を込めて相談に乗ると、ほとんどが心を開き、相談を続けるという。
母親たちが吐露する問題は、大半が経済的な困難と独り立ちへの恐怖だ。それぞれの事情を聴き取ったあと、職員は子供の両親に出生届を出すよう説得したり、自立支援のためのシステムを紹介したりするなどの手続きを取る。
相談後、子供を引き取る母親もいれば、「数カ月後に必ず引き取りに来る」と約束してから足を運ぶ母親もいる。
◇「社会がベイビーボックスになったら……」
2009年にチュサラン共同体教会に「ベイビーボックス」が設置されてから今月13日までの間、ここに預けられた赤ちゃんは1989人に上る。
毎年100人以上が預けられ、今年に入っても50人余りがベイビーボックスに残された。
だが、ベイビーボックスは世間では依然、タブー視される存在だ。乳児遺棄を助長するという批判があるためだ。
韓国でベイビーボックスは国の支援を受けられずにいる。ベイビーボックスを公認施設と認定する法や規定がなく、運営は全面的に教会の役割だ。
チュサラン共同体教会のベイビーボックスは、後援金で運営されている。毎月、粉ミルクやおむつを買って届ける後援者や、子供の世話をするボランティアによって支えられている。
運営団体もベイビーボックスが「最終的な解決策」ではないという事実は認識する。ベイビーボックスに預けられる赤ちゃんを減らそうと、相談電話を設置したのもそのためだ。ほかにも養育キット、粉ミルク、おむつなど子供用品を家庭に届ける「先支援・後行政方式」の支援も増やしている。
ベイビーボックスの最終目標は、それが「消えること」だ。社会自体が「ベイビーボックス」になれば、ベイビーボックスの存在理由はなくなる。
チュサラン共同体教会のヤン・スンウォン事務局長は「赤ちゃんを捨てようと産む人はいない。ベイビーボックスに来る方々は、赤ちゃんの命を生かすために来る。国が、未婚の母、ひとり親家庭などに対する支援の範囲を広げ、生まれてきた赤ちゃんの命を守る制度を積極的に整える必要がある」と訴えている。
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