年の瀬の29日に起きた韓国・務安国際空港(全羅南道)の航空機事故が、地域社会を深い悲しみに包んでいる。搭乗者のほとんどが光州・全羅南道地域の住民であり、町では家族や知人を失った人々の悲しみがいっそう深まっている。
事故を起こした済州航空機は、クリスマスである25日に務安を出発し、3泊5日の日程でバンコクとパタヤを往復する旅行チャーター便の帰国便だった。年の瀬に大切な人々と旅行を楽しもうと、家族や親族、職場の同僚グループの乗客が多く搭乗していた。
全羅南道霊光郡では、居住するA氏(80歳)の一家9人がこの飛行機に搭乗しており、行方不明となっている。A氏は1946年生まれで、搭乗者の中で最年長だった。
A氏は80歳を迎え、霊光に住む自身と家族4人、さらに他地域に住む兄弟家族5人の計9人で旅行を楽しみ、帰途についていた。
霊光郡は事故発生直後、A氏一家が搭乗していた事実を確認した。霊光郡トップは、遺族の支援と傷ついた地域社会の安定を図るため、災害安全対策本部を通じて最善の対応を取るよう指示した。
また、和順郡庁の元・現職公務員8人も、退職者を祝うための旅行に同行していたが、帰還することはなかった。
さらに、全羅南道の出資機関に所属するMZ世代(1980年代~2000年代初旬の生まれ)の研究員らも旅行しており、行方不明となった。
全羅南道教育庁では、2019年ごろに同時期に課長に昇進した女性幹部5人が同期会を兼ねて旅行に出かけ、この事故に巻き込まれた。
和順のある高校では、大学入試を終えた3年生の兄と、1年生の弟が一緒に搭乗していたことが確認された。
また、潭陽郡の40代のチーム長級公務員が2人の子どもとともに搭乗していた事実も明らかになった。
事故機には、10代や10歳未満の学生・子どもが12人搭乗していたことが確認された。このうち未就学児は3人で、最年少は2021年生まれの3歳の男児だった。
突如として発生した事故により家族や知人を失い、悲しみに暮れる遺族と市民を支えるため、光州・全羅南道では追悼ムードが続いている。
光州市は来年1月4日までの7日間を「済州航空旅客機惨事」の哀悼期間とし、5・18民主広場に合同焼香所を設置する。
全羅南道も、務安スポーツセンターに済州航空旅客機事故の犠牲者を弔うための焼香所を設置し、犠牲者を追悼する。
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