
17歳で北朝鮮咸鏡南道咸興市の外れにある「クムヤ」という小さな村から命懸けで脱北し、韓国で14年目の生活を送る脱北者ハン・ソンミさん(31)が、国際人権活動家・作家・講師として世界を舞台に活動している。2人の子どもを育てながら、「希望を語る母親」として歩み続けている。
2011年3月、幼い頃から十分な食事も教育も受けられず、「このままでは未来がない」と感じたソンミさんは、一人で凍った豆満江を渡って脱北を決行。その後、自由を求めて韓国へたどり着いた。自由は手に入れたものの、彼女は生活に追われ、自らの人生や権利について考える余裕すらなかったという。
そんな彼女の人生を変えたのが、脱北者に無償で英語を教える教育団体「TNKR」(現・Freedom Speakers International=FSI)だった。生活費を稼ぐため午前中は事務所で働き、午後には英語を学び続けた。彼女の生き様に感銘を受けたFSIのケイシー・ラティグ代表は、英語での自伝出版を提案。2022年、英語の自伝『Greenlight to Freedom』を発表した。
この本には、北朝鮮で目撃した公開処刑や強制労働、脱北時の壮絶な体験などが詳細に綴られている。2023年にはポーランドの国際ブックフェアにも招かれ、自らの言葉で北朝鮮の実情を訴えた。
彼女は「自由を手に入れたと思っていたが、生きる意味を失いかけた。英語を学び、世界に自分の声を届けられるようになって初めて、生きる力を取り戻した」と語る。スイスのジュネーブで開かれた国際人権サミットでも15歳のときに見た公開処刑について証言し、大きな反響を呼んだ。
今月末には「Escape from Konglish(コングリッシュからの脱出)」という新たなYouTubeチャンネルも始める。南北で同じ言語を使っているにも関わらず、「ワンルーム」「ロタリー」「ファイティン」など韓国特有の英語(コングリッシュ)に戸惑った経験を、ユーモアを交えて共有することで、他の脱北者や外国人の助けになればという思いから始める。
一方、母親としての顔も持つソンミさんは、9歳の息子と1歳の娘を育てながら日々忙しく過ごしている。脱北者としてのアイデンティティを公にすることに恐れがないわけではない。だが、息子が母の活動を誇りに思い、統一問題に自然と関心を持つようになった姿を見ると、「間違っていない」と確信するという。
「韓国は多くの苦しみを与えた国でもあり、学びの機会をくれた国でもある」。こう語る彼女にとって、この社会において脱北者に最も必要なのは、経済支援よりも“心のケア”だという。自身もパンデミック中に精神的危機に陥ったが、1年間の無償心理カウンセリングが人生の転機となった。
「当時、もしあの支援がなければ、私は今、希望を語る人生を歩めていなかったと思う。より多くの脱北者が、社会の中で役割を持ち、前向きなメッセージを発信できる存在になってほしい」
“言葉の力”を信じ、歩み続けるソンミさんの人生は、自由とは何か、希望とは何かをあらためて問いかけている。
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