2026 年 3月 15日 (日)
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「軍中の軍」と呼ばれた韓国軍防諜司令部、49年の歴史に幕…権力の影で膨張した組織に終止符

国軍防諜司令部のシンボルマーク(c)news1

「軍中の軍」と呼ばれ、絶大な権力を誇ってきた韓国軍の防諜機関・国軍防諜司令部が、12月3日の非常戒厳事案への関与を契機に、創設から49年で解体されることになった。防諜情報の収集だけでなく、民間人の監視や政治介入まで担ってきたことで、度重なる議論の的となってきた同機関は、主要機能が他組織へと移管され、歴史の幕を閉じる。

この防諜機関の源流は、1950年の特務隊に遡る。1977年に陸海空軍の保安部隊を統合し、国軍保安司令部が設立された。当初から大統領への定期報告権限を持ち、1979年のパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺事件後は、当時の国軍保安司令部令官だったチョン・ドゥファン(全斗煥)氏(その後、大統領)の最側近機関として機能。野党政治家など軍外の動きにも深く介入した。

しかし1990年、国軍保安司令部による民間人への不法監視が暴露され、約1300人に及ぶ政治・労働・宗教関係者の監視リストが公開されると、社会的な批判が集中。翌1991年には「国軍機務司令部」と名称変更し、政治介入を排除すると表明したものの、実質的な機能は維持された。

国軍機務司令部はその後も大統領府の「手足」として影響力を持ち続けた。2009年には民間人監視による国家賠償訴訟、2014年には旅客船セウォル号沈没事故遺族の動向把握、2017年には世論操作のためのネット書き込み工作事件などが相次ぎ、批判が絶えなかった。

さらに、2016年のパク・クネ(朴槿惠)大統領(当時)の弾劾審理中には、棄却時の非常戒厳発令を含む「戒厳文書」疑惑が発覚。体制転覆を視野に入れた動きとされ、再び機構改革の声が高まった。

ムン・ジェイン(文在寅)政権は2018年、国軍安保支援司令部へと改称し、組織規模を縮小。政治介入と民間監視を禁止する大幅な改革を実施し、「解体に準ずる再編」と称した。全隊員の所属を元部隊へ戻し、不正行為に関与しなかった人員で再構成。ただし機能の中核部分は残り、捜査権のみが縮小された。

こうした流れが逆転したのは、2022年のユン・ソンニョル(尹錫悦)政権発足後だった。ユン・ソンニョル氏は国軍安保支援司令部への改編で防諜能力が低下したと判断し、組織を国軍防諜司令部へと再拡大した。しかし、12月3日の非常戒厳計画において、政治家などの拘束リスト作成や所在追跡に深く関与していた事実が明らかとなり、再び組織の存続を問う声が強まった。

2025年の大統領選で当選したイ・ジェミョン(李在明)大統領は、選挙公約で防諜司を含む情報機関の縮小・再編を掲げており、実質的な「解体」を示唆していた。

「民官軍合同特別諮問委員会」の防諜・保安再設計分科委員会は1月8日、国軍防諜司令部の主要機能を国防部調査本部(安保捜査)、国防安保情報院(防諜情報)、中央保安監査団(保安監査)へとそれぞれ移管する案を発表。人事評価や個人評判の収集権限は廃止される。

移管先の3機関は「安保捜査協議体」を通じて連携し、その指揮統制のために国防省に「情報保安政策官」(局長級ポスト)が新設される。さらに外部監視強化のため、国会への定期報告や、民間専門家による「遵法監察委員会」による監視制度も導入される。

(c)news1

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