
話題となっては消える「日韓海底トンネル」構想が、再び注目を浴びている。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が長年の“悲願”とされるこのトンネル建設に向けて韓国・釜山の政治家に働きかけていたとの疑惑が浮上したためだ。
トンネル構想そのものは、植民地時代にまで遡るが、現在の形に近い議論は1981年、教団創始者ムン・ソンミョン(文鮮明)氏が提唱した「国際ハイウェイ計画」から本格化した。この計画は、日本と韓国をトンネルで結び、韓国を経由して北朝鮮の鉄道網(京義線)とロシアのシベリア鉄道を連結、最終的にはヨーロッパまでの陸路を構築するという壮大な構想だ。
1990年、当時のノ・テウ(盧泰愚)大統領が日本での国会演説でトンネル構想に言及し、1994年には英仏間の「ユーロトンネル(英仏海峡トンネル)」が開通したことも追い風となり、日韓海底トンネルはたびたび政治的議題として浮上してきた。
特に韓国の民主党政権期には、南北関係の改善を追い風に、アジアとヨーロッパを陸路でつなぐというビジョンのもと、構想が積極的に議論された。キム・デジュン(金大中)大統領は1999年の訪日や、南北交流事業の進展にあわせて言及し、ノ・ムヒョン(盧武鉉)大統領も2003年、初の日韓首脳会談でトンネルの必要性を表明した。
2004年には当時の与党・開かれた我が党のチョン・ドンヨン(鄭東泳)議長(現統一相)が具体的なルートとして、巨済島から九州を結ぶルートを取り上げた。
また、後に釜山市長となったオ・ゴドン(呉巨敦)氏が大学総長時代の2016年、トンネル開発の必要性を主張。世界的投資家ジム・ロジャーズ氏も、ムン・ジェイン(文在寅)政権初期の南北関係改善を評価し、韓国への投資と共に海底トンネル構想を支持した。
保守系の釜山市長たちもこの構想に関心を寄せてきた。
ただ2019年の日韓貿易紛争以降、日韓関係の冷却化とともに、構想に対する批判も高まっている。特に、2021年には当時の与党「共に民主党」の報道官が「親日的な議題」と断じ、反対の立場を表明している。
構想に対して政府・自治体の関心は続いているが、専門家や研究機関の評価は冷ややかだ。2003年、韓国交通研究院の報告書では、費用便益比(B/C)を0.4~0.5と算出し、「経済的妥当性なし」と結論。2010年には釜山発展研究院(現・釜山研究院)も、総生産誘発効果は54兆ウォンとしつつも、「巨額の建設費用や水深による技術的困難」から「現実性は乏しい」と判断。
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