
黄海で今年3月7日に漂流し北方限界線(NLL)を越えて韓国側に入ってきた北朝鮮住民2人が「北朝鮮に帰りたい」と明確に意思を示している。だが2カ月経った現在も帰国できていない。北朝鮮側は韓国政府の送還要請に一切反応を示していない。これは過去に類を見ない異例の事態だ。
◇“帰国希望”で60日超の滞在は初のケース
news1が5日入手した「1990年以降の海上脱北・帰順および送還状況」によると、この35年間で北朝鮮住民が海上で韓国側に入ってきた件数は計70件。韓国への亡命を希望した人数は96人▽北朝鮮への帰国を望んだ、または強制送還された人数は194人――となっている。
しかし「帰国希望者」が60日以上韓国に留まったケースは今回が初めて。2011年2月、黄海で救助された北朝鮮住民31人のケースでは、帰順の意思を巡って時間を要したものの、最長でも57日間だった。
当時は北朝鮮側の艦船がNLL付近まで出てきて、修理された漁船で帰国するという方法が取られた。
かつては南北間で板門店ホットライン、開城の南北共同連絡事務所、軍の通信線などを通じて送還の日時などを調整していた。しかし、ユン・ソンニョル(尹錫悦)政権下での南北関係の悪化と、北朝鮮の「南北は別の国家」という対立姿勢の強化により、現在はすべての通信手段が遮断された状態にある。
韓国政府は国連軍司令部を通じて送還の意思を伝え続けているが、北朝鮮からの返答はないという。
過去にも、北朝鮮が応答をせず送還が困難になった事例はある。2017年5月、韓国政府は北朝鮮漁船の船員6人の送還を試みたが、北朝鮮側は明確な回答を出さず、最終的には板門店で小型拡声器(ハンドマイク)を使って口頭で通告したうえで、修理を終えた漁船に船員を乗せてNLL付近まで送り返した。北朝鮮はこれに対応して艦船を派遣していた。
◇今回は「陸路送還」を想定
韓国政府は今回、北朝鮮住民を陸路(板門店経由)で送還する方針を立てている。乗っていた船舶が老朽化しており、海上での再漂流のリスクが高いためだ。
だが、板門店を通じた口頭通告であっても北朝鮮の反応がない場合、送還が無期限に延び、当該住民が再び韓国に滞在し続けなければならない“宙ぶらりん”の事態も懸念されている。
北朝鮮のこの消極姿勢については、正確な理由は明らかになっていないが、専門家の間では「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記が宣言した“敵対的二国家論”が影響している」との見方が強い。
北朝鮮は昨年、開城工業団地や金剛山観光地区の道路や鉄道を爆破し、陸路を完全に遮断。南北交流の痕跡を消す作業を続けており、最近では海上の境界線も再設定しようとする動きが見られている。
このため、板門店を「敵国との国境」と再定義した今、陸路を再び開くこと自体が“内部方針との矛盾”となる可能性があり、北朝鮮側が消極的姿勢を取っていると分析される。
一部では、韓国大統領選(6月3日)以後に南北関係に変化があれば、北朝鮮が送還を受け入れる可能性があるとの見方も出ている。現時点では情勢を静観しつつ、大統領選の結果や対南政策の再設定を待っているとの見方だ。
ただし、方針変更がなければ、北朝鮮側が新たな送還手段を受け入れるか、あるいは韓国側がさらなる代替策を模索せざるを得ない展開も予想されている。
(c)news1