
韓国で小学校教員として長年勤め上げた女性の退職手当を巡るエピソードが、ネット上で大きな反響を呼んでいる。
オンラインコミュニティ「ボベドリーム」に7日、「小学校教員39年8カ月の退職手当」という題名の投稿が掲載された。投稿者は、忠清南道唐津市の自身の家族史とともに、2025年8月に定年退職した姉の歩みをつづった。
投稿者は「父は極度に貧しく、水道水で空腹をしのぎ、国民学校もやっと卒業したと聞いている」と書き出し、「朝鮮戦争後、唐津市に移り、農業と建設現場の仕事を掛け持ちし、休まず働き続けた」と振り返った。
学ぶことへの思いを抱えた両親のもとで育った姉は、優秀な成績で公州教育大学に進学した。しかし、大学1年だった1982年の冬、家族を揺るがす出来事が起きたという。
投稿者によると、母のいとこが韓国電力公社に勤めているとして保証人を求め、家族はそれを引き受けた。ところが、検針業務で集めた金を横領し、賭博による借金を抱えたまま姿を消した。その結果、家族は米80キロ換算で約100俵分の金額と、現金約600万ウォンを肩代わりする事態に追い込まれた。
この衝撃で母は倒れ、聴力を失った。父は氷点下15度の寒さの中でも建設現場を回ったという。「田畑が少しでもあれば何とか暮らせたが、大金を返済することになり、生活を切り詰めざるを得なかった」と投稿者は記した。市場で買ってきた丸焼きの鶏が、やがて安価な鶏の首骨の揚げ物に変わったことも、当時の苦しさを物語る。
そうした家庭環境の中でも教職の道を歩み続けた姉は、校長として満62歳で定年退職を迎えた。投稿者は「39年8カ月勤務し、退職手当は正確に1億40万ウォン(約1064万7020円)だった」と明かし、「年金は月325万ウォン(約34万5475円)を受け取っている」と続けた。
投稿者は「大きな金額ではあるが、40年近く子どもたちを教え続けた時間を思うと、さまざまな思いが去来する」と率直な心境を吐露。「お金にばかり焦点を当ててしまった気がして反省している。姉は本当に誇らしい。第二の人生は花道だけを歩んでほしい」と結んだ。
投稿を受け、ネット上では「校長として定年を迎えた人の退職手当1億ウォンは、どんな大金よりも名誉ある価値だ」「40年近く教育にささげた歳月を金額で測る問題ではない」といった声が相次いだ。一方で、「公務員に一般的な意味での退職金はなく、正確には退職手当だ」「年金は上限があり、長く勤めても一時金は大きくならない」と制度面を補足する意見も寄せられている。
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