
ペットの安楽死についてどう思いますか?――動物専門記者として獣医に取材する際、たびたび投げかけるこの質問は、今なお社会的に慎重に扱われるテーマだ。
動物は保護されるべき存在であり、「死」を自ら望むかを確認する手段がないことから、安楽死の話題は避けられがちである。苦しみの末に安楽死を選ばれた動物と飼い主への同情は集まりやすいが、その行為を担う獣医の苦悩には目が向けられにくい。
飼い主が病気の犬や猫について「安楽死させるべきか」と相談しても、多くの獣医は言葉を選び、即答を避ける。誤解を招きやすく、傷つける可能性のあるテーマだからだ。こうした現状から、獣医の間では「安楽死への社会的理解が必要だ」との声が高まっている。
昨年、韓国の著名なドッグトレーナー、カン・ヒョングク氏は、自身の愛犬レオを自宅で看取るために往診獣医を呼び、ペットの安楽死の是非を世間に問いかけた。レオの主治医は「韓国では安楽死に対する否定的な認識がまだ強いが、苦痛の中で亡くなるまで耐える姿を見守ることこそ残酷な場合もある」と述べた。
最近では、重篤な難治性疾患の動物を診る獣医の間で「治療の限界が来たペットの最期をサポートする“ホスピスのような施設”や、在宅での安楽死の制度が必要だ」とする意見が強まっている。
忠清北道の高麗動物メディカルセンターで猫専門医として働くイ・キップム院長は「飼い主の多くが“愛するペットをいつ送り出せばいいか”と苦しむが、苦痛を減らして安らかに旅立たせることもまた“愛のかたち”だ」と語る。
イ・キップム院長はさらに「安楽死は終わりではなく、“痛みのない平和”を贈る選択だ。最期まで温かい手とやさしい言葉で寄り添ってほしい」と助言する。
米国では獣医は尊敬される職業とされる一方、自殺率が高い職種でもある。命を救う仕事でありながら、ときに飼い主に代わって“命を終わらせる決断”を担うことに、強い心理的負担が伴う。安楽死を手掛けた後に「冷酷だ」と非難されることもあり、その傷が獣医の心に深く残るのだ。
今こそ、ペットの最期を語る上で「罪悪感」や「隠し事」としてではなく、苦痛を減らし尊厳ある旅立ちを考える機会と捉えるべきだ。社会として、ペットが穏やかに最期を迎えられる選択肢を尊重し、その重い選択を担う獣医たちにも、温かなまなざしと理解を送る時期に来ている。
安楽死は、ペットがもう痛がらないことを願う、ある種の“愛の終着点”でもある。そして、その選択の責任を静かに背負ってきた獣医たちにこそ、社会は今、もっと優しさを向けるべきではないだろうか。【news1 チェ・ソユン記者】
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